ユウキ、高校2年生。2年前、父が単身赴任になった時、最初は寂しかったけれど、次第に自分のペースができた。母と二人きりの生活は自由で、気兼ねなく友達と夜遅くまでチャットしたり、自分の好きな時間にゲームをしたり。それが、突然終わる。父が帰ってくる。
「正直、憂鬱だった。」
空港で再会した父は、僕の記憶の中の父と少し違って見えた。いや、父は変わってない。変わったのは僕の方かもしれない。
家に帰ってきてからの父は、まるで空白の2年間を取り戻すかのように、僕にまとわりついてきた。
「お前、最近勉強してるのか?」
「スマホばっかり見てないで、父さんと話せよ。」
リビングでくつろいでいると、僕の隣に座ってきて、肩をポンと叩く。その距離感が、なんだか気持ち悪い。
「ユウキ、そのゲーム、まだやってるのか?昔、父さんも似たようなのやったぞ。」
昔の思い出話を持ち出してくるけれど、僕にとっては2年前の出来事。今の僕には響かない。
「…うん。」と生返事をすると、「なんだよ、もっと話せよ!」と父の声が大きくなる。
「もうダメかもしれない…このままじゃ、父さんが嫌いになる。なんで僕だけがこんな思いしなきゃいけないんだ…。」
僕なりに距離を取ろうと、部屋にこもったり、友人と出かける時間を増やしたりした。でも、父はそれを「反抗期」と一蹴し、さらに口うるさくなった。
「ちゃんと顔を見ろ!」「何か隠してるんじゃないのか?」
僕のスマホを覗き込もうとする仕草に、思わず体が硬直した。
「僕の世界に土足で踏み込まないでほしい。なんでこんなに僕の気持ちが伝わらないんだろう。このままでは、家にいるのが苦痛になる。父さんと顔を合わせるのが嫌だ…。」
夜、布団の中で、父が帰ってくる前の穏やかな日々を思い出しては、胸が締め付けられた。こんなふうに父を「ウザい」と感じてしまう自分が、ひどい人間なのではないかという自己嫌悪に陥った。
何度か母に相談したけれど、「お父さんも寂しかったのよ」「悪気はないのよ」と諭されるだけで、僕の心のモヤモヤは晴れない。むしろ、誰も僕の気持ちを理解してくれないという孤独感に苛まれた。
このままでは、父との関係が決定的に壊れてしまう。そう考えると、途方もない不安が押し寄せた。
この「ウザい」という感情は、決してあなただけのものではありません。2年という月日は、特に感受性豊かな高校生にとって、大人以上に大きな成長を促します。その間に培われたあなたの価値観や生活スタイル、そして独立心は、単身赴任中の父とは異なる速度で進化したのです。
父もまた、この2年間であなたへの思いを募らせ、空白を埋めようと必死なのかもしれません。しかし、その愛情表現が、残念ながら今のあなたには「過干渉」や「距離感のなさ」として映ってしまう。それは、お互いの「ずれ」が生み出す、自然な摩擦なのです。
では、この複雑な状況をどう乗り越えていけばいいのでしょうか。
まず、あなたの感情を肯定することから始めましょう。「ウザい」と感じるのは、あなたが健全な自己とパーソナルスペースを求めている証拠です。自分を責める必要は全くありません。
次に、父の背景を少しだけ想像してみること。彼は、あなたとの時間を失ったことへの後悔や、家族との絆を再構築したいという焦りから、不器用な行動を取っているのかもしれません。彼の「ウザい」言動の裏に隠された「寂しさ」や「愛情」に、わずかでも目を向けることで、あなたの心持ちも少し変わるかもしれません。
そして、「伝える」努力を始めることです。感情的にならず、具体的な行動に対して「私はこう感じる」という「I(アイ)メッセージ」で伝えましょう。
例えば、「ゲーム中に急に肩を叩かれると、集中が切れてしまって、少し驚いてしまうんだ」とか、「スマホを覗かれるのは、プライベートな部分を見られているようで、ちょっと嫌な気持ちになる」というように。
もちろん、一度で伝わるとは限りません。しかし、根気強く、そして冷静に伝え続けることで、父もあなたの気持ちを少しずつ理解し始めるでしょう。
また、新しい共通の「接点」を見つけるのも有効です。昔の思い出話ではなく、今のあなたが興味を持っていることや、これから家族で一緒にできること(例えば、新しいボードゲームを試す、週末に一緒に料理をするなど)を提案してみるのも良いでしょう。
そして、物理的な「距離」も大切です。家族だからといって、常にべったりする必要はありません。お互いの部屋を尊重し、それぞれの時間を大切にする。リビングにいても、お互いが心地よく過ごせる「暗黙のルール」を少しずつ作っていくことが、新たな家族の形を築く第一歩となるはずです。
このプロセスは、決して簡単な道のりではありません。時にはまた衝突し、心が折れそうになることもあるでしょう。しかし、大切なのは、あなたが一人で抱え込まず、少しずつでも状況を改善しようと行動することです。
2年間の空白は、確かに大きなものでした。しかし、それは埋めるべき「穴」ではなく、新しい家族の物語を始めるための「余白」と捉えることもできます。焦らず、一歩ずつ、あなたと父、そして家族全員が心から笑顔になれる未来を信じて、前に進んでいきましょう。
あなたの「ウザい」という感情は、新しい家族関係を築くための大切なサインなのです。
