夫が単身赴任になってから、私の日常は一変しました。朝から晩まで、幼い子どもたちと向き合うワンオペ育児。それでも、可愛い我が子の笑顔を見れば、疲れも吹き飛ぶ…そう信じて、毎日を必死に駆け抜けていました。しかし、ある「善意」が、いつしか私の心をじわじわと蝕み始めたのです。それは、毎週泊まりで訪れる義母の存在でした。
最初は、本当にありがたいと思っていました。「孫に会いたい」という気持ちは痛いほどわかるし、遠くから来てくれる義母には感謝しかありません。でも、それが毎週となると話は別です。週末こそ、心身を休め、平日にできなかった家事や自分の用事を済ませたい。子どもとゆっくり過ごしたり、時には一人でぼーっとしたり…そんなささやかな願いが、義母の訪問によってことごとく打ち砕かれていくのです。
「今週も泊まりに来てくれるって…」夫からのLINEを見るたび、私の心は重く沈みました。もう、条件反射のように憂鬱な気持ちが押し寄せてきます。義母が来る前日は、片付けに追われ、当日は朝から晩まで気を遣いっぱなし。食事の準備、子どもへの接し方、部屋の清潔さ…些細なことまで義母の視線が気になって、息が詰まるようでした。義母は悪気なく「あら、こんなところに埃が」とか「〇〇ちゃんは、もっとこうしたらいいのに」と口にするのですが、その一言一言が、私の疲弊した心に鋭く突き刺さるのです。
夜、子どもたちが寝た後も、義母とリビングで会話を続けなければなりません。本当はすぐにでも布団に入って眠りたいのに、そうもいかない。笑顔で相槌を打ちながら、心の中では「もうダメかもしれない…」「なぜ私だけがこんなに気を遣わなければならないの?」「夫は単身赴任で自由なのに、私は…」という絶望感と焦燥感が渦巻いていました。翌朝も、義母の朝食の準備や、子どもたちの世話を手伝いながら、笑顔を貼り付けて見送る。義母が帰った後の家は、物理的には片付いているはずなのに、私の心には巨大な疲労と自己嫌悪の塊が残されていました。「また何も言えなかった…」「私は自分の気持ちさえ守れないダメな嫁だ…」そう思うたび、涙が止まらなくなることもありました。
一度だけ、勇気を出して「来週はちょっと予定があって…」と曖昧に断ってみたことがありました。義母は「あら、そうなの。残念ね」と少し寂しそうな声を出しました。その声を聞いた瞬間、私の胸には激しい罪悪感が込み上げ、「なんてひどいことをしてしまったんだろう」と後悔の念に苛まれました。結局、次の週には「やっぱり孫の顔を見たいだろうから」と、また受け入れてしまう。この悪循環から抜け出せない自分が情けなくて、本当に苦しかったのです。
この「善意の重荷」から解放されるためには、表面的な断り方では解決しないことを痛感しました。まるで、水漏れしている蛇口をタオルで覆い隠すようなものです。一時的に水は止まったように見えても、根本の原因である蛇口の故障は直っていません。タオルはすぐにずぶ濡れになり、やがて家全体が水浸しになるでしょう。義母との関係も同じです。表面的な断り方で一時をしのいでも、心の負担は増え続け、やがて関係性全体が破綻してしまうかもしれません。大切なのは、根本の原因である「境界線の曖昧さ」という蛇口をしっかり締め、必要であれば修理工(夫)を呼ぶこと。そして、水が溢れる前に、適切な「水受け皿(訪問頻度の調整)」を用意することなのです。
あなたの心のコップは、育児で毎日満タンです。そこに義母の訪問という水をさらに注がれれば、溢れてしまうのは当然のこと。溢れてしまう前に、そっとコップを傾ける勇気が必要です。まずは、夫にあなたの正直な気持ちを全て打ち明けましょう。夫は、あなたの最大の味方であるべき人です。そして、義母への伝え方を一緒に考えるのです。感謝の気持ちを伝えつつ、「もう少し自分の時間も欲しい」「月に一度くらいが私たち家族にはちょうどいい」といった具体的な提案を、夫を介して、あるいは夫と一緒に伝えることが大切です。これは決して義母を拒絶することではありません。お互いが心地よく過ごせる、健全な関係性を築くための、大切な一歩なのです。あなたの心の平穏が、家族全員の笑顔に繋がることを忘れないでください。自分を大切にすることが、巡り巡って家族を大切にすることになるのですから。
